この連載では、「世の中」の諸地域の猫事情をご紹介! 猫や動物が大好きな方、猫と暮らしている方はぜひご覧ください。
筆者と愛猫ミルテのオランダねこ暮らしも毎月お届けします♪
日本ではいまだに一作も翻訳されていないものの、オランダでは誰もが知る作家は大勢います。
たとえば、ルイ・クペールス(Louis Couperus, 1863-1923)は、オランダ文学史上初の真の小説家、つまり著述活動のみで生計を立てることのできた、オランダの職業作家第一号とされています。
そして、日本の作家に当てはめるならば、ちょうど森鴎外のような位置づけ、大文豪です。
その作風も文学の薫り高く格調があり、両者の間にはどこか共通したものがあるようにも思います。奇しくも両作家の生没年もほぼ一致しています。
実は2013年の今年はクペールス生誕150周年、オランダでは作家の誕生日(6月10日)を皮ぎりとして記念イベントや展覧会が次々と開催されているところです。
鴎外に「猫作品」があるかどうかは知りませんが、クペールスにはその愛猫、「インペリア」という名の雌のトラ猫のことを綴った小品があります。
何人ものメイドや庭師を雇うような暮らしの中で綴られた文章は、いかにもこの作家が人気小説家として華やかに生きることのできた古きよき時代を反映しているような気がします。
「インペリア」をテーマにした小品は2作あり、ここにすべてを掲載することは残念ながらできません。
でも、せっかくなので大作家の愛したインペリアはいったいどんな猫だったか、せめてその片鱗(へんりん)だけでもご紹介してみたいと思います。
以下は、「インペリア」を21世紀の日本にもよみがえらせるべく、クペールスの同名のオランダ語原作から一部引用・翻訳および編集したものです。
筆者の小さな試み、お楽しみいただけたら幸いです。
わたしの猫、インペリア。
「なぜ、なににつけても洗練を信条とするあなたのような人が…」と、
もしもわたしが男流文学者だとするならば
女流文学者であるフランス人の女友だちが言う
「そんなどこにでもいるようなドラ猫を飼っているのかしら?」
「いや、インペリアはふつうの猫ではないんだ」
ためらいがちにわたしは弁護する。わたしのドラ猫を。
タイガー嬢、インペリアは庭から入ってきた。
その身のこなしは、どれを取ってもおもしろく、優雅でしなやかである。
わたしはインペリアを半時間でも飽かずに眺めていられる。
風に揺れるカーテンと戯れ、飛びまわるハエを数匹おやつにすると、開け放たれた窓から差し込む日光の中、インペリアは念入りなお化粧を始める。
それは、サロンでも、ダイニングでも、庭やキッチンでもなく、
必ずパドローネ(だんな様)のいる前で、わたしの書斎でと決まっている。
あたかも「だんな様はわたしがきれいにするのがお好きなんですもの」とでも思っているようだ。
インペリアは、黒いブレスレットやバンドの飾りのあるグレーの毛を鑢(やすり)の舌で
ニズニイ・ノヴゴロドの見本市の高級毛皮のように輝かせる。
その手がクリソプレーズの瞳のまわりでしなやかに弧を描くと、そこにはエメラルドがきらめく。
自らクレヨンで引いたような、その目を何倍も切れ長に見せている黒い線を耳元まで磨きあげる。
テラコッタ色の鼻にそって突き出しているひげには、左へ右へと誇り高くブラシをかける。
クリーム色の羽毛のようなお腹の毛を飽くことなく舐める。
仰臥(ぎょうが)して、その舌の分泌液をしばし至福のうちに乾かせば、
それはたちまちおしろいのパフさながらの美しさとなる。
インペリアは、わたしの絨毯で爪を研ぎ、指の間を入念に手入れする。
足を一本一本順ぐりに、骨つき肉を掲げるようにして。
そして不意に、秘守すべき純潔もかえりみず蓮っ葉な格好になり、
近づく季節の愉悦を予感するかのごとく、
黒い螺旋(らせん)模様のある長い尾を力強く上下へ鞭打つ。
(つづきは次回に♪)
大好きなキャットニップにも紫の花がいっぱい♪
國森由美子のブログ「オランダなんでもメモ」
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